TITLE: Arc 9: Chapter 29 - 'Last Seat'
FROM: JV
TO: EN
DATE: 2025-05-07

ORIGINAL TEXT:
第九章　『名も無き星の光』
第九章２９　『末席』


　――荒れ狂う風と大地、衝突し合う至極の力、まさに新たに紡がれる伝説の一節。

　人知を超えた『剣鬼』と『神龍』の戦い、それが始まって瞬きを一度――たったそれだけの刹那で、ハインケルは龍の背から転げ落ち、伝説から弾き出されていた。

「――――」

　雲上からの降下時には『神龍』が風で押さえつけてくれていたが、『剣鬼』との攻防が始まった途端、その配慮――否、余裕が龍から失われ、自助努力を強いられる。そしてそれが実を結ばず、早々に舞台から投げ落とされたのがハインケルだ。
　ただしがみついているだけのこともできず、地べたを転がった自分を惨めだと、情けないと憐れむ。――そんな贅沢な自罰も、今のハインケルには許されなかった。

「――――」

　バーリエル別邸で始まった戦いはすでに遠く、舞台を貴族街へと拡大し、人と龍との規格外の攻防は白昼夢のような非現実的な光景を伴い、続いている。――そこから、ハインケルは目を離すことができなかった。

「――――」

　心情は、目を背けたい。背けるだけでなく、背中を向けて逃げ出したい。それが叶わないなら頭を抱え、蹲り、耳を塞いで全部を拒絶したかった。
　でも、できない。それができない。――ヴィルヘルム・ヴァン・アストレアが剣を振るっていて、どうしてそこからハインケル・アストレアが目を逸らせようか。

「――――」

　老いた『剣鬼』が全身を躍動させ、自分の何十倍もある『神龍』の巨体へ挑み、致命的な死線をいくつも回避、竜鱗を削るような剣撃を無数に叩き込む。
　その踏み込み、跳躍、剣閃、受け流し、姿勢維持、体重移動、視線誘導、技の応用、障害物の利用、全てを活用して剣力を上乗せする剣士の究極系――間違いなく、龍と剣戟を交わすヴィルヘルムは、ハインケルの知る中で最強の剣士だった。

　一瞬たりとも、その『剣鬼』の妙技から目を離すことができない。
　息を呑み、瞬きを忘れ、心臓の鼓動さえ邪魔に感じられるほど、剣閃に魅せられる。
　剣舞、などと上品で洗練されたものではない。如何なる角度からでも相手の命へ斬り込もうとする『剣鬼』の在り方は、もっと泥臭く、獣の本能じみた激情だ。
　その激情が業となり、業は技へと昇華され、『神龍』と渡り合う伝説へ至る。

「――――」

　――『神龍』と交えるそのヴィルヘルムの姿に、ハインケルは無数の戦場を垣間見る。

　水門都市で、若き日の姿をしたテレシア・ヴァン・アストレアと剣戟を交わす姿を。
　リーファウス平原で、妻の仇である白鯨という強大な敵を相手に剣を振るう姿を。
　商業都市の空を支配する三つ首の『邪龍』と斬り結び、その長大な首を刎ねる姿を。
　同じく商業都市で、帝国最強『八つ腕』のクルガンと激突し、歴史に名を刻む姿を。
　ルグニカ王城で、『剣聖』であったテレシア・ヴァン・アストレアから剣を奪う姿を。
『亜人戦争』で多くの敵を斬り捨て、『剣鬼』と呼ばれるようになる血に塗れた姿を。

　それ以外の無数の戦場を、剣で以て勝利に導いてきた最高の剣の使い手の姿を、ハインケルは今のヴィルヘルムの姿に垣間見た。
　そして同時に、理解する。――このままでは、『神龍』は敗北する。

「ダメだ」

　絞り出すようにこぼし、両膝をついていたハインケルが立ち上がる。
　腰に差した剣の存在を手で確かめながら、その確信にハインケルは突き動かされる。
『神龍』は負ける。だって、相手は勝つとそう決めた『剣鬼』だから。

「――――」

　悲しいかな、ハインケルの目には『剣鬼』と『神龍』の実力の上限は見えない。
　地上に立つものに、雲の上の光景を確かめることができないのと同じように、そこに想像をはるかに超える景色が広がっていたとしても、目にすることは叶わない。
　だから、拙い想像力を働かせて、思い描くしかない。――そして、ハインケル・アストレアの乏しい想像力の世界で、『神龍』は『剣鬼』の剣に敗北する。

　前提として、この戦いは『神龍』の方が圧倒的に有利だ。
　ハインケルの目から見ても、『剣鬼』の剣は『神龍』の竜鱗を貫けず、幾度攻撃を叩き込もうと決定打を与えられていない。対して『神龍』の攻撃は一発一発が致命的で、数ミリ深く掠めるだけで、『剣鬼』は命を奪われ、屍を晒すことになる。
　その前提はハインケルにもわかる。――それでも、『剣鬼』が勝つ想像は揺るぎない。

　理屈ではないのだ。理屈や道理で、『剣聖』に勝ることなどできない。すなわち、一度は『剣聖』を下した『剣鬼』の強さは、理屈や道理の向こう側にある。
　その向こう側に剣先を届かせる強さが、『剣鬼』にはあってしまうから――、

「――ダメだ」

　その覆せない最悪の想像を、ハインケルの歩みは受け入れられない。
　ここで『神龍』に勝利すれば、『剣鬼』は次は『剣聖』へ挑むだろう。そして、先代の『剣聖』を下したように、今代の『剣聖』にも――ラインハルトにも勝利する。

　それは、ダメだ。それだけは、ダメだ。
　その戦いの実現には、アルデバランが如何なる方法でか利用している『嫉妬の魔女』の存在など、多数の障害があるが、そうした要素を抜きにしても、ダメだ。
　ダメだ。ダメなのだ。ダメで、ダメだから、絶対にダメ。どうしてダメなのか、そのダメさを説明するまでもなく、とにかくダメだ。ダメはダメ、ダメでしかない。ダメ。ダメだから。ダメなのは、ダメだった。ダメではダメで、ダメなのだ。『剣鬼』の、その澄み切った剣では、ルアンナ・アストレアを救えない。救えないから、だから――、

「――ハインケル」

　正面、立ち尽くした『剣鬼』の背中がある。
　背中越しのくぐもった声、血泡に阻まれ、ほとんど溺れたような声音だったそれが、自分の名前を呼んだものだと、ハインケルには過たずに伝わった。
　わかった上で、両腕の震えを渾身の自制心で抑えながら、剣の柄を握りしめる。

「……あんたのやり方じゃ、ルアンナが、取り戻せない」

　倒壊する建物の破片を額に浴び、血が流れていた。爆風めいた衝撃波に何度も吹き飛ばされて、倒れてくる柱の下敷きにもなった。剣閃が切り裂いた龍の息吹の余波に半身を焼かれもし、血と骨と肉が焦がされる苦痛を引きずって、なお歩いた。
　全身を土埃と流血でこれ以上ないほど汚し、歩いて、歩いて、歩いて――ハインケルはヴィルヘルムの背後に立っていた。――立って、抜いた『アストレア』で、実の父を後ろから串刺しにしていた。

「――――」

　貫いた剣越しに、ヴィルヘルムが振り向こうとしたのを感じる。それを食い止めるために手に力を込め、深手を意識させて振り向くのを阻んだ。
　今、ヴィルヘルムの顔を見られない。その双眸に自分が映り込むのを見れば、今も昔もハインケルは何も言えなくなる。だから振り向かせない。絶対に。

　振り向かせ、言わせてはならない。
『剣鬼』にやると、成し遂げると言わせてしまったら、剣でこじ開けられてしまう。
　そのこじ開けられた未来は、もしかしたら暗雲なんて全部斬り払われ、長く閉ざされていた晴れ間が覗くのかもしれない。――だが、そこにルアンナの姿はない。

『剣鬼』の剣では、ルアンナを目覚めさせられない。
　そして彼女がいなければ、ハインケルは――ハインケルたちは、救われない。

「あんたじゃ……父さんじゃない。俺なんだ。――俺が、やらなきゃ、いけないことなんだ」

　絞り出したそれが、嗚咽じみた弱々しい声だったことを呪いたくなる。
　歯を食い縛れ、出来損ない。声に力を込めろ、臆病者。俯く暇があるか、腰抜けめ。
　この手を、剣を、父の血で染めてなお、歯の根を震わせ、目の奥に熱を感じ、内臓の全部を蠕動させ、何もかもぶちまけたくなる気持ちを殺し切れない無駄飯喰らい。
　覚悟を決めたと嘯いて、いつになったら揺らぐ己を騙し切れるのだ、小便漏らしが。

「――大馬鹿者め」

　尽きぬ悪罵で己を後ろ向きに奮い立たせるハインケル。
　そのハインケルの耳に、自分のものではない、しかし同意するしかない叱責が届いた。
　血に溺れていない声、それに頬を硬くした直後、ハインケルは瞠目する。――正面、振り向かせまいとしていたヴィルヘルムと、目が合ったのだ。

「――ぁ」

　手元を見れば、剣は同じ位置にある。にも拘らずヴィルヘルムが振り向けたのは、彼が身をひねって、胴体を貫く剣を無理やり抜いたからだ。
　当たり前だが、傷から剣を抜けば血が流れる。無理やりなら、傷は広がる。
　だが、『剣鬼』は刃を抜いた。抜かなければ、振り向くことができないのだから。

「……ハインケル」

　その暴挙に声もないハインケルを、ヴィルヘルムが再び呼んだ。
　喉を鳴らし、ヴィルヘルムはせり上がる血を飲み込んで、声が曇らないようにする。しかし、ヤエとの戦闘と『神龍』との戦闘で全身に傷を負い、そこにハインケルからの深手を受けた彼の体は、すでに致命的なほどの失血している。
　案の定、体を貫く剣という支えを失って、ヴィルヘルムが膝から頽れる。

「お、おや……とうさ……」

　とっさに、その崩れる体を支えようとハインケルの手が伸びた。だが、そのハインケルの伸ばした手が逆に掴まれ、思いがけず引き寄せられる。
　大量出血し、瀕死とは思えぬ膂力に頬を引きつらせるハインケルに、ヴィルヘルムは決して力を失わない目で、

「いい加減に、目を、覚ませ……」

「――――」

　その訴えに、縮み上がりかけたハインケルの心に昏い熱が灯る。
　夢を見るなと、そう説教をする気か。ルアンナを目覚めさせるなど夢物語だと、あるいは目覚めさせたとしても、ルアンナが喜ぶと思っているのかと。――そんなことを言われなくても、ルアンナが喜ぶはずがないことぐらいわかっている。

　ハインケルが今日までしてきたことの何一つ、ルアンナには肯定されない。
　軽蔑され、愛想を尽かされ、愛情は憎悪に反転し、この世で最もおぞましい男として、ハインケルの名前はルアンナに刻まれることは避けられない。
　でも、それでいい。怒りでも憎悪でも侮蔑でもいい。ルアンナが眠りから目覚め、その青い瞳に世界を映し、唇で命を謳ってくれるなら、それでいい。

　都合のいい夢など、見ない。
　ハインケルはこの悪夢のような、それでも悪夢ではない現実で、生きて、死ぬ。
　そのために――、

「――違う」

　昏い決心と共にぶり返す頭の痛みに、しかし、ヴィルヘルムは待ったをかけた。
　そこにハインケルは息を詰め、何事かとヴィルヘルムを見据える。なおも不出来な息子から目を逸らすことをしないヴィルヘルムは、血塗れの唇を動かす。
　その表情に、ハインケルは見覚えがあった。過去の、嫌な記憶だ。――テレシアが、母が白鯨の戦いから戻らなかったと、そう告げたときの悲痛な顔。

「目を覚ませ、ハインケル……お前が……」

　ハインケルの知る限り、『剣鬼』ヴィルヘルムが最も弱さを見せたときの顔で――、

「お前が、誰の憎しみを買ったところで、ラインハルトが『剣聖』の座を放棄することなど、ない……っ」


　――あのときと同じように、ハインケルの心を最も傷付ける言葉を放った。

TRANSLATED TEXT:
Arc 9: 'Light of the Nameless Star'  
Chapter 29: 'Last Seat'

――A raging wind and earth, the clash of supreme forces, truly a new legend being woven.

The battle between the transcendent 'Sword Demon' and 'Divine Dragon' began, and in just the blink of an eye, Heinkel was thrown from the dragon's back, cast out from the legend.

"――――"

During the descent from the clouds, the 'Divine Dragon' had held him down with the wind, but as soon as the skirmish with the 'Sword Demon' began, that consideration—or rather, that composure—was lost from the dragon, forcing self-reliance. And without bearing fruit, Heinkel was quickly thrown off the stage.

Unable to even cling on, he rolled on the ground, pitying himself as miserable and pathetic. ――Such luxurious self-pity was not permitted for Heinkel now.

"――――"

The battle that began at the Barielle Mansion had already moved far, expanding the stage to the Noble District, with the extraordinary clash between man and dragon continuing, accompanied by surreal, dreamlike scenes. ――Heinkel could not take his eyes off it.

"――――"

His feelings wished to avert his gaze. Not just avert, but turn his back and flee. If that was impossible, he wanted to cover his head, crouch down, and block his ears to reject everything.

But he couldn't. He couldn't do it. ――With Wilhelm van Astrea wielding his sword, how could Heinkel Astrea look away?

"――――"

The aged 'Sword Demon' animated his entire body, challenging the massive form of the 'Divine Dragon,' many times his size, avoiding countless deadly lines of death, and delivering innumerable sword strikes that chipped away at the dragon scales.

The stepping in, the leaps, the sword flashes, the parries, the posture maintenance, the weight shifts, the gaze guidance, the application of techniques, the use of obstacles, utilizing everything to enhance his swordsmanship to the ultimate form of a swordsman――without a doubt, Wilhelm, exchanging blows with the dragon, was the strongest swordsman Heinkel knew.

Not for a moment could he take his eyes off the 'Sword Demon's' exquisite skills. Holding his breath, forgetting to blink, even feeling the heartbeat as an interference, he was captivated by the sword flashes.

It was not something refined and sophisticated like a sword dance. The way the 'Sword Demon' sought to cut into the opponent's life from any angle was more raw, akin to the primal instincts of a beast.

That passion became karma, karma was sublimated into technique, reaching the legend of contending with the 'Divine Dragon.'

"――――"

――In the figure of Wilhelm engaging with the 'Divine Dragon,' Heinkel glimpsed countless battlefields.

In the Watergate City, exchanging sword strikes with Theresia van Astrea in her youth.  
On the Lifaus Plains, wielding his sword against the mighty enemy known as the White Whale, the avenger of his wife.  
In the Commercial City, clashing with the three-headed 'Evil Dragon' that dominated the sky, severing its long neck.  
Also in the Commercial City, colliding with Kurugan, the Empire's strongest 'Eight Arms,' engraving his name in history.  
At the Lugnica Royal Castle, taking the sword from Theresia van Astrea, the 'Sword Saint.'  
In the 'Demi-Human War,' cutting down many foes, becoming blood-soaked and known as the 'Sword Demon.'

Heinkel glimpsed the figure of the greatest swordsman, who had led countless battlefields to victory with his sword, in the current Wilhelm.

And at the same time, he understood. ――At this rate, the 'Divine Dragon' will be defeated.

"No, it can't be."

Murmuring as if squeezing out the words, Heinkel, who was on his knees, stood up.  
While confirming the presence of the sword at his waist with his hand, Heinkel was driven by that conviction.  
The 'Divine Dragon' will lose. Because the opponent is the 'Sword Demon' who has decided to win.

"――――"

Sadly, Heinkel cannot perceive the limits of the abilities of the 'Sword Demon' and the 'Divine Dragon.' Just as those standing on the ground cannot confirm the view above the clouds, even if a scene beyond imagination unfolds there, it remains unseen. Therefore, he can only employ his meager imagination to picture it. —And in the limited world of Heinkel Astrea's imagination, the 'Divine Dragon' is defeated by the sword of the 'Sword Demon.'

As a premise, this battle overwhelmingly favors the 'Divine Dragon.' Even from Heinkel's perspective, the sword of the 'Sword Demon' cannot pierce the dragon scales of the 'Divine Dragon,' and no matter how many attacks are launched, they fail to deliver a decisive blow. In contrast, each attack from the 'Divine Dragon' is fatal, and even a few millimeters deeper would result in the 'Sword Demon' losing his life and exposing his corpse. Heinkel understands this premise. —Yet, the imagination of the 'Sword Demon' winning remains unshaken.

It's not about logic. One cannot surpass the 'Sword Saint' with logic or reason. In other words, the strength of the 'Sword Demon,' who once defeated the 'Sword Saint,' lies beyond logic and reason. Because the 'Sword Demon' possesses the strength to reach beyond that—

"—No."

Heinkel's steps cannot accept this irreversible worst-case scenario. If the 'Sword Demon' triumphs over the 'Divine Dragon' here, he will challenge the 'Sword Saint' next. And just as he defeated the previous 'Sword Saint,' he will also defeat the current 'Sword Saint'—Reinhard.

That cannot happen. That alone cannot happen. The realization of that battle faces numerous obstacles, including the presence of the 'Witch of Envy' that Aldebaran is using by some means, but even without those factors, it cannot happen. It cannot happen. It simply cannot. It's absolutely impossible. Without even needing to explain why it's impossible, it just is. Impossible is impossible, and that's all there is to it. Impossible. Because it's impossible. It was impossible. Impossible is impossible, and it cannot be. With the clear sword of the 'Sword Demon,' Luanna Astrea cannot be saved. Because she cannot be saved, therefore—

"—Heinkel."

In front of him stands the back of the 'Sword Demon,' motionless. The muffled voice from beyond the back, hindered by blood bubbles, was almost drowning, yet Heinkel unmistakably understood it was calling his name. Knowing this, he suppressed the trembling of his arms with all his self-control and gripped the hilt of his sword tightly.

"…With your way, Luanna cannot be reclaimed."

Debris from collapsing buildings showered his forehead, and blood flowed. He was blown away multiple times by shockwaves akin to explosions, and was pinned under falling pillars. The aftermath of the dragon's breath, sliced by sword flashes, burned half his body, and he walked on, dragging the pain of scorched blood, bone, and flesh. Covered in dirt and blood to the utmost, he walked, walked, and walked—Heinkel stood behind Wilhelm. —Standing there, he impaled his own father from behind with the drawn 'Astrea.'

"——"

Through the impaled sword, he felt Wilhelm trying to turn around. To prevent this, he tightened his grip, making Wilhelm conscious of the deep wound and stopping him from turning. He cannot see Wilhelm's face now. If he sees himself reflected in those eyes, Heinkel, both now and in the past, would be unable to say anything. So he does not let him turn. Absolutely not.

Do not turn back, do not let him say it.  
If you let the ''Sword Demon'' say he will accomplish it, he will force it open with his sword.  
The future he forces open might cut through all the dark clouds, revealing a long-hidden clear sky. — But in that future, Luanna's presence is absent.

The sword of the ''Sword Demon'' cannot awaken Luanna.  
And without her, Heinkel—Heinkel and the others cannot be saved.

"It's not you... It's not father. It's me. — It's something I have to do."

He cursed the fact that what he squeezed out was a weak, sob-like voice.  
Clench your teeth, you failure. Put strength into your voice, you coward. Is there time to look down, you spineless fool?  
Even with these hands, this sword, stained with my father's blood, my teeth chatter, heat wells up behind my eyes, my insides churn, and I can't completely kill the urge to spill everything, you useless eater.  
When will you finally deceive yourself, claiming you've made up your mind, you bedwetter?

"—You fool."

Heinkel, using endless insults to spur himself on from behind.  
In Heinkel's ears, a rebuke that wasn't his own, yet one he couldn't help but agree with, reached him.  
A voice not drowned in blood, and as his cheeks stiffened at that, Heinkel's eyes widened. — In front of him, he met the gaze of Wilhelm, whom he was trying to prevent from turning around.

"—Ah."

Looking at his hands, the sword was still in the same position. Nevertheless, Wilhelm turned around because he twisted his body and forcibly pulled out the sword piercing his torso.  
Naturally, pulling a sword from a wound causes bleeding. If done forcibly, the wound widens.  
But the ''Sword Demon'' pulled out the blade. If he didn't, he couldn't turn around.

"...Heinkel."

Wilhelm called out to the speechless Heinkel again after that reckless act.  
Swallowing the blood rising in his throat, Wilhelm tried to keep his voice clear. However, having sustained injuries all over his body from battles with Yae and the ''Divine Dragon'', and now receiving a deep wound from Heinkel, his body was already critically losing blood.  
As expected, losing the support of the sword piercing his body, Wilhelm collapsed from his knees.

"O-oh, father..."

Instinctively, Heinkel's hand reached out to support the collapsing body. But instead, Wilhelm grabbed Heinkel's outstretched hand and unexpectedly pulled him closer.  
With cheeks twitching at the strength that seemed impossible for someone bleeding so profusely and near death, Wilhelm, with eyes that never lost their power, said,

"Wake up already..."

"——"

That plea ignited a dark heat in Heinkel's heart, which was about to shrink.  
Are you going to preach to me not to dream? That awakening Luanna is a pipe dream, or even if she awakens, do you think Luanna would be happy? — Even without being told, he knows Luanna would not be happy.

Not a single thing Heinkel has done up to today would be affirmed by Luanna.  
Despised, abandoned, love turned to hatred, and as the most detestable man in this world, Heinkel's name would be etched in Luanna's memory unavoidably.  
But that's fine. Anger, hatred, contempt, it's all fine. If Luanna awakens from her slumber, reflects the world in her blue eyes, and sings of life with her lips, that's enough.

He won't indulge in convenient dreams.  
Heinkel will live and die in this nightmare-like, yet not a nightmare, reality.  
For that purpose—,

"—No."

With a dark resolve and a throbbing headache, however, Wilhelm called for a halt. Heinkel held his breath, staring intently at Wilhelm, wondering what was happening. Wilhelm, refusing to avert his gaze from his still inadequate son, moved his bloodied lips.

Heinkel recognized that expression. It was a memory from the past, an unpleasant one. —The pained face when Theresia, his mother, did not return from the battle with the White Whale.

"Wake up, Heinkel... you..."

It was the face of 'Sword Demon' Wilhelm at his weakest, as far as Heinkel knew—

"No matter whose hatred you incur, Reinhard will never abandon the seat of the 'Sword Saint'..."

—Just like that time, he uttered words that wounded Heinkel's heart the most.

NAME MAPPINGS:
第九章　『名も無き星の光』 → Arc 9: 'Light of the Nameless Star'
第九章２９　『末席』 → Chapter 29: 'Last Seat'
『剣鬼』 → 'Sword Demon'
『神龍』 → 'Divine Dragon'
白鯨 → White Whale
『邪龍』 → 'Evil Dragon'
『剣聖』 → 'Sword Saint'
『嫉妬の魔女』 → 'Witch of Envy'
ハインケル → Heinkel
ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア → Wilhelm van Astrea
テレシア・ヴァン・アストレア → Theresia van Astrea
ラインハルト → Reinhard
アルデバラン → Aldebaran
ルアンナ・アストレア → Luanna Astrea
バーリエル別邸 → Barielle Mansion
貴族街 → Noble District
水門都市 → Watergate City
リーファウス平原 → Lifaus Plains
商業都市 → Commercial City
ルグニカ王城 → Lugnica Royal Castle
『亜人戦争』 → 'Demi-Human War'

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